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私の歩んだ道―湯川中間子とともに
本, 中村 誠太郎
によって 中村 誠太郎
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ファイルサイズ : 29.88 MB
内容(「MARC」データベースより) 1941年に京大を卒業後、湯川秀樹博士の研究所で理論物理の手ほどきをうけて以来、50年間にわたり研究を続けてきた著者が、その間に経験し見聞きしたことを書きつづったもの。物理の研究の流れをエピソードをまじえながら紹介する。
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長らく東大の教授を勤められ、戦後の日本の素粒子論を支えた功労者のお一人中村誠太郎氏が書いたエッセーを集めた本。湯川秀樹やハイゼンベルクの思い出や、戦後素粒子論を牽引したお一人マルシャク教授へのインタビューほかいろいろな見聞記になっていて実に盛りだくさん。本当に驚くべきは、中村氏はクォーク概念も量子色力学も電弱統一理論も全然信用していないらしいということ。ウィークボソンに質量を与えるヒッグス機構を「無理をしてる」と一蹴。隔世の感あり。1970年代初頭とかならまだ分かるが、本書の初版は1991年。20年ほど前はまだ標準模型を信用しないという態度はありえたのだということに驚きますが、正しい理論であっても、誰もが納得というところまでいくのは難しいんでしょうね。中村氏は、ハイゼンベルク、ディラック、湯川、朝永といった旧世代がクォーク模型と、その背景にある研究思想に大変批判的であったことを伝えています。力学を解明することが先決のはずだと。量子力学形成期の教訓みたいなものがあったらしい。中村氏は肯定的なエピソードとして紹介していますが、それは旧世代の経験が標準模型形成にとってはむしろ足枷となってしまった否定的なエピソードではないのだろうか。何しろハイゼンベルクは60年代末の時点で、研究員に「クォーク模型を使わないで実験データを説明してみろ」と拘束をかけたというのだから。とはいえ、標準模型の成功というものが、研究者によっては「こんなものであってほしくなかった」と思えるような代物なのだということは間違いないのでしょう。そういう複雑な感情もあってこその歴史なのだと思います。
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